「悔いの残らない人生にしたい」突然やってきた死の間際の体験が、中屋敷氏の人生を変えた!

Planogy 中屋敷

化学の教授になろうと歩んでいたドクターコースを、マスターでやめてビジネスの道へ。そこには何があったのか。「人間いつ死ぬか分からない。やり残したことのないようにしたい」メディアで育んだ人とのつながりに助けられつつ、「悔いなき人生」をひた走る中屋敷氏に、ご自身の人生観と、そこに至るさまざまな出来事について語っていただきました。

Planogy 中屋敷プロフィール:中屋敷 量貴

1991年愛媛県生まれ。2016年に東京大学大学院の化学生命工学専攻(相田研)で修士号を取得し、渡米後はUC Berkeleyでビジネスを勉強。2017年9月にシリコンバレーで働く日本人の声を届けるメディアSilicon Valley Workersを立ち上げ、2018年12月にPlanogyを創業。

―初めて海外を意識したのはいつ頃ですか?

小学生の時に「フルハウス」というサンフランシスコが舞台の海外ドラマを見て、漠然と海外に行きたいと思っていました。それまで家族の誰も海外に行ったことがなかったんです。

大学に入って、周りの学生が留学するのを見て興味を持ち、自分も3年生の夏休みに1カ月UCデービスに留学しようと計画していました。

死の間際の体験は突然だった

ところが3年生のある日、左半身が痺れてきたと思ったら、硬膜下血腫で緊急手術に。かなり危ない状態だということが分かり、死を覚悟しました。手術は成功しましたが、留学は辞退せざるを得ませんでした。

 ―病気の与えた影響は大きかったですか?

今の人生観にかなり影響を与えていると思います。それまで大学生として普通に生きてきて、突然死ぬかもしれないという事態になったわけですから。「恥ずかしいとか失敗するとか言っている場合じゃない。何かに打ち込んでみよう」と思いましたね。

死を間際にしてやり残したのが海外留学だというのがあって、今度は絶対に行こうと決めて英語の勉強も本格的に始めたんです。大学院ではMITやハーバードへの交換留学に参加しました。

 ―海外にふれ始めてどうでしたか?

とても刺激的でしたね。日本はそれぞれの研究室にこもっている感じですが、アメリカでは視野が広くて、自由研究の延長のようなのです。分野も関係なく、コラボしてその現象を突き止めるようなやり方をしていて、「自分もやりたいことをやり尽くそう」という気持ちが、より強くなりました。

運に任せるより自分で切り開きたい

実は当初は、ドクターコースのプログラムに入っていたのですが、教授に頭を下げて、修士でやめさせてもらいました。というのも、自分の思っていたところとは違う、たまたま発見した現象が有名な論文になったのです。「新しい材料の発見って、いくら努力しても最終的には運で決まるのか」と思いましたね。

もっと自分の手でコントロールできる範囲で、世の中にインパクトを与えることがしたい。それができるのは、やっぱりビジネスなんじゃないかと思って、道を変えることを決意したのです。

教授には「あとたった3年じゃないか」と言われましたが、僕からすると「その3年で死んだらどうするんだ」と思って。だったら後悔しない道を選んだほうがいい。化学は戻ってきたいと思ったら戻れるだろうし、ここは挑戦してみてもいいんじゃないかと。

 ―最初の就職がスタートアップだったのはなぜですか。

自分が裁量権を持てるところのほうが面白いんじゃないかと思ったんです。それならスタートアップみたいな小さいところがいいんじゃないか。時代はクラウドだし、ITが面白いんじゃないかと。

 ―3ヶ月で辞めた理由は?

最初は業務のプロセスなどが分からず、みんなに良かれと思ってしたことが「勝手なことを」と受け取られたりしました。社長は親切だし評価をしてくれていましたが、この環境でやり続けるより、もっと何かできるんじゃないかという思いと、忘れていた「海外に挑戦したい」という思いが出てきたんです。

それで3ヶ月で辞めて、UCバークレーの1年間のビジネスコースに行くことにしました。

 ―親御さんは何も言わなかったんですか。

実は、大学をやめたことも就職したことも、親には言っていなかったんです。もちろん渡米したことも知りません。

税金の書類が実家に届いたらしく、親から連絡が来たんですよ。「なんか住所アメリカって書いてあるけど、詐欺かな?」「いや、実は今アメリカ……」「ええーっ! そもそも大学院は…?」という感じで。そこで初めていろいろ説明しました。

インタビューメディアが転機に

せっかくこっちへ来たからには爪痕をと思い、クラスメートの武井と一緒に「何か面白いインパクトのあることをやろう」と考え始めました。

 ―起業しようと思ったのですか?

稼ぐというより「自分たちで何かを始める」ことがしたかったのです。

これは、祖父の影響が大きいと思います。小学生の頃から「鶏口牛後」というか、小さくてもいいから自分で始めるという経験が大事だと言われていました。会社のことを教えてもらったり、四季報を読まされたりしていましたね。

大学時代教授になりたいと思ったのも、一つのグループを長としてまとめていく仕事だからだと思います。

「自分のためにも周りのためにもなることはなんだろう」と考えたとき、「地味だけど、インタビューメディアなら自分たちでもできる」と思ったのです。

始める前には「どうせ2~3本書いてやめちゃうんでしょ」と言う人もいましたが、逆に燃えて「きちんと編集しよう」と思いましたね。自分は研究室にこもっていたし、あまり人と話すのが得意ではなかったので、最初はどういう構成でどういう風に話しを聞き出すのかといったことを武井に学びながら、手探りの状態でした。

最初のインタビューはバークレーOBの方でした。受けてくれた時は嬉しかったですね。

積み重ねていくと、あるところから、「よく見てます」といって寄稿してくれる人が出てきたり、「この人取材したらどうですか」といってつないでくれたりする人が出てきました。そうしているうちに自分たちのリーチできる人の幅も変わってきて、ビジネスの知見も得られてきて。今考えると渡米してからのターニングポイントだったかなと思います。『Silicon Valley Workers』というメディアで、今でも続けています。

Planogy 中屋敷

 (転機となったインタビューメディア https://siliconvalleyrw.com/

大きい会社を一回見てみよう

インタビューでネットワークが広がってきて、バークレーを卒業するタイミングで知人の紹介もありGoogleのオンサイトでTVC (Temps, Vendors, and Contractors) として働けるオファーがきたんです。そのオファーをもらったときは、本当は別のことをやろうと考えていて、「メディアとコワーキングスペースと宿泊施設を組み合わせた部室のようなものを作りたい」と考えていました。

でもGoogleの中も見てみたいし。起業するのは、一回Googleの中を見てある程度知見が得られてからでも遅くないかなと思いそちらのオファーを選びました。その時はGoogleアドワーズという広告系の新しいプロジェクトにアサインされて、10ヶ月くらい働きました。

 ―Google内での仕事はどうでしたか。

まずあまりにも待遇がよくて驚きました。仕事自体も、プロジェクトの最初のメンバーの一人だったので、刺激的で面白く、やりがいがありました。でも半年ぐらいすると、オペレーションもまとまってきて、毎日同じような繰り返しになって、何か物足りないと思うようになってきたんです。死に直面した時のあの思いがあって「もっと何かやらないとまずいんじゃないか」という気がしていました。

 ―「せっかくGoogleの中で仕事ができているのに」とは思わなかったのですか。

新しいプロジェクトを立ち上げる経験もできたし、色々と学びも得られたので、そろそろ次のステップに行ってもいいだろうと思いました。

人に恵まれてスタートアップ

その頃小林キヨさん(小林清剛さん)という有名な起業家の方に、たまたまメディアのつながりで会えることになりました。「人をつなげるプラットフォーム的なものを考えている」という話をしたら、「もっと大きいことをやろう」と言われて。築いてきたことを全部捨てて、やりたいことをやっちゃえばいいんじゃないのかと。

キヨさんは、話すと誰もが「スタートアップをやろう」と思ってしまう、不思議な方なんです。今でもメンターになってもらっています。

 起業するにあたって、キヨさんにはco-founder(共同創業者)を紹介していただきました。

パーソナリティとスキルを見てつないでくれたのですが、性格とスピード感がマッチして「こんなにピッタリの相方には、もう出会えない」と思えるほどでしたね。

 (起業した会社のWEBページ。運命的な出会いをしたco-founderと)

後悔はしたくない

 ―起業するのに不安はなかったですか?

正直不安はありました。裏切られるかもしれないし、何が起きるか分からない。このアイデアは本当にいけてるのかも分からない。失敗してすぐやめたら周りからも言われるし、社会からの信頼もなくなるかもしれない。いろいろ考えましたが、それでも「やらなかったら後悔する」と思いました。

今考えたら、むしろチャンスでしかなかったのですが、当時の心境や状況では何が待ち構えているか分からないという、見えない不安がありました。

こんなに合うファウンダーに巡り会えたのは本当にラッキーでした。

ファウンダーの場合は借金を負う可能性もあるし、社会からの信用を失う可能性もあるし、家族もいるしということになると背負っているものも違ってくる。辛いことも全部シェアするのはファウンダーだから、その存在はすごく大事だと思います。

後輩たちへのアドバイス

 ―最後にスタートアップを迷っている後輩に、アドバイスをお願いします。

日本はみんなが「すごい」というところに群がる傾向がありますが、自分の成長や社会に与えるインパクトを考えたら、そこを振り切って、スタートアップにいく、もしくは自分で始めてみるのがいいと思います。スタートアップは裁量権や自分でできることの幅が大企業とは全く違います。学びもやりがいもあり、その後の人生に差を生むと思います。

迷っている人がいれば、大企業はインターン程度にするという道もあります。

 ―それを振りきれない人に対するアドバイスはありますか? 親に言われるということもあると思いますが。

親と自分の人生は関係ないと思うんです。自分の人生は自分で決めないといけない。スタートアップだと潰れるかもしれないとか、次のキャリアがなくなるという不安があると思います。それがあたかも人生の終わりみたいな。でもそうじゃないと思うんです。そこでうまくいけば次にもつながる。

大企業でもスタートアップの経験やネットワークがある人が重宝がられることもありますし、海外に行くこともできる。意外と道はあるので、要は自分次第だと思います。

 企業はどこに配属されるか分からないし、上司も選べない。スタートアップは中の人を見て選べるというのがある。そこが大きな違いですね。

人生は自分のもの。ぜひ、悔いのない人生を歩んでほしいと思います。

―ありがとうございました。

RECOMMEND

PICKUP

SCROLL TO TOP