なぜ留学するのか?なぜスタートアップで働くのか?徹底的な自己分析で得た覚悟と自信

Quid, inc. 幸田さん UCバークレー

海外に縁もゆかりもなかった幸田さん。幼少期に通った英会話教室をきっかけに、情報の少なさや裕福でない家庭環境を乗り越え、UC Berkeleyへの留学を実現しました。就職前の時間を活用してアメリカのスタートアップにてOPT中の彼女に、留学と就職活動について語っていただきました。

Quid 幸田さん
プロフィール

1996年、新潟県生まれ。新潟県の公立高校を卒業後、コミュニティカレッジ進学のため渡米。その後UC Berkeleyに編入し、2019年に社会学専攻で学士号を取得。大学卒業後は、日本の大企業4社から内定を得るもサンフランシスコのスタートアップ、Quid, inc.に就職。

会社プロフィール  Quid, inc. https://quid.com/

2009年設立。人工知能を用いたテキスト情報解析プラットフォームのQuidを開発、アカウントの販売、Quidを用いたコンサルティングサービスを行う。本社は米国カリフォルニア州サンフランシスでスタッフは約150名。

海外に縁のなかった過去と英語が広げた可能性

ー幸田さんが海外を意識したきっかけについて伺えますか。

小学校2年生の時に、英会話教室に通い始めたのがきっかけです。英語は中学1年生まで続けましたが、ある時英語のスピーチ大会で県大会に行くことになったんです。特に重要性など意識せずに練習をしていて、優勝か準優勝かも忘れちゃいましたが、流れで賞をいただけました。全国大会で出会う子はインターナショナルスクールに行っている子や私立の有名校に通っているような子ばかりだったので、英語を喋れるだけで日本国内でも世界が広がるんだということを知り、英語に味を占めました(笑)。

ーでは、実際に海外に初めて行ったのはいつごろ?

高2の時です。私の学校は公立ですが中高一貫校で、グローバル教育を意識している学校でした。海外研修という形でオーストラリアに2週間行ったのが私にとって初めての海外でした。

現地校に通って、そこで初めて海外の授業を受けたんです。学び方のスタイルが日本と全然違うのに衝撃を受けました。自分が手を挙げるとか、クラスメイトが発言して授業の内容が固まっていくんです。はじめて授業や勉強にワクワクしました。日本の学校の授業では勉強が楽しいと感じたことがほぼなかった私にとって、とても貴重な経験でした。教科書や受験対策ベースではなく、生徒の疑問や意見が授業を形作っていくのを目にして、こんな環境で勉強してみたいと思うようになりました。

ー海外大学進学が選択肢に入ったのはその時ですか?

いえ、そもそも日本の高校から海外の大学に行けるなんて当時は知りませんでした。大学進学について考える時期になった時、周りの大人たちが言っていた「大学の意義」に納得できず、大学進学が「目的」とされていることに疑問を感じていました。納得できないと前に進めない性格で、周囲から押し付けられる受験勉強を拒否しているような状況でした。

モヤモヤした気分で過ごしていた高3の夏に、先輩が主催したイベントにハーバードに行っている学生が来るから来てみなよ、と誘われたんです。てっきりアメリカ人のハーバード生が来ると思っていたのですが、来たのは日本の高校からハーバードに進学したという人。「日本の高校から海外の大学に行けるんだ」と驚かされました。周りにそういう人がいなかったので。

その大学生が、「大学は自分のスキを追求するための手段」と言っていて、「大学の意義」についてのモヤモヤが解消されました。そして、オーストラリアに行った時に勉強がすごく楽しかったのを思い出しました。良い就職先に行くためじゃなくて、安定した生活を手に入れるためでもなくて、自分の「スキ」のために大学進学したいと思うようになりました。

当時、自分が興味を持っていたことが社会学でした。海外の大学に通っている大学生に出会ったことから世界規模で社会学で有名な大学を調べてみたところ、UCバークレーを見つけました。ただ、4年間の学費があまりに高かったのと、UCバークレーに合格できるほどの成績を持っていなかったことから、コミュニティカレッジから3年生として編入受験しようと決意しました。

Quid 幸田さん
(オーストラリア留学時代 幸田氏提供)

ーけど、海外進学ってお金も結構かかりますよね。

そうですね。私の場合家族に留学費用を頼ることはできませんでした。また、奨学金も給付型のものが当時全然なかったので、貸与型の奨学金で賄うしかありませんでした。

ー学費の安い国は考えなかったのでしょうか。

考えました。でも、自分が後々返していく借金なので自分が満足できる経験に対してかかる費用は妥協したくありませんでした。また私の場合、UC Berkeleyで社会学を学ぶために留学を決意したので、他の国での留学では意味がなかったんです。

ーすごいです。ご両親の反対はありませんでしたか?

初めは強く反対されました。でも理不尽な反対ではなく私を想って反対してくれていました。私の両親は海外経験もなく大学にも行っていないこともあり、娘が外国の大学に行き1人で生活をすることが不安だったんだと思います。さらに留学を志したばかりの頃は、具体的な目標や多額の借金を負うという覚悟も決まっていなかったので、そんな気持ちで留学ができるのかということで反対されていました。

「英語習得や、外国人との交流は本気でやれば日本でも出来るはず。どうしてアメリカの大学じゃなきゃいけないの?」初めは両親のクリティカルな質問攻撃に対応するために行なっていた自己分析でしたが、両親を説得できる頃には海外進学が自分にとってベストな選択肢なんだと確信できるようになりました。その時身についた目的意識と自信のおかげで留学中の挫折などを乗り越えられたと思うので、自己分析の機会を与えてくれた両親にはとても感謝しています。

アメリカでの学生時代

 ―留学時代に印象的だったことはありますか。

コミュニティカレッジの社会学の授業はとても面白かったです。留学生だけでなくアメリカの低所得の子、元ホームレスの子、シングルマザーなど色々な境遇の人がいました。その教室での社会学の議論は、まさに社会学の意味するところというか、どれだけ有名な教科書を読むより価値のある内容だったと思います。議論が重要な学問だからこそ、多様な背景を持つ学生がいるコミュニティカレッジで学べて良かったと思います。

UCバークレーに編入してからは、借金のこともあり、すぐに就活について考え始めました。自分の興味のあることに合わせて、収入もかなり重視して就職先の検討をしていきました。けどある日、面接対策のため自己分析を行なっていると、そもそも自分がどうして就職したいのかがわからなくなりました。社会的に卒業後は就職するのが「当たり前」だけど、その当たり前に従うだけではやはり納得できず、私にとって借金返済以外に就職で得たいことってなんなんだろうと考えるようになったんです。

今思い返すとよくやったなと思いますが、当時、全然面識がなかった先輩に片っ端からメッセンジャーで連絡して、「すみません、どうして就活しているのか聞いてもいいですか?」と話を聞いて回りました。先輩方のお話を切り口に自己分析を続け、自分のやりたいことを最高な形で実現できるスキルを習得するために就職したいという気持ちが固まりました。 

ーそこの気持ちはちゃんと整理したんですね。

はい、腹落ちしないと動けない性格なので。

ーインターンなどはしましたか。

日本のリクルートで1ヶ月ちょっと。インターンでの経験がのちのちOPT(Optional Practical Training:学生ビザで就学している学生が、専攻分野と関連のある職種で企業研修を行う制度。STEM専攻以外の場合、最長1年間)をやることにつながりました。

また、留学フェローシップというNPO団体でも活動していました。実は高校生のときに出会ったハーバード生がそのNPOの設立者だったんです。私は高校時代にロールモデルがいなかったり、進路にまつわる情報が少なかったり、進路が狭まる要素がいくつもありました。だから、そういう子が将来減ったらいいなと思っていて。日本全国の中学校高校を周り、進路を「主体的に」考えられるような機会を提供したいと思い活動しています。

Quid 幸田さん
(大学時代の留学フェローシップでの写真 幸田氏提供)

就職活動は日系中心に

そういう活動はしていましたが、就職に関してはずっと日本の就職を考えていて。借金を返す必要もあったので、一般的に高収入とされるコンサルを受けて、内定も獲得することができました。本当はアメリカに残りたいと思っていたのですが、アメリカでの就活は、そもそも私には無理だという固定観念があったので考えてもいなかったです。

ーアメリカに残りたかったのはなぜですか。

私は自分の意見を言う方だし、質問もどんどんする方だと思います。、そういう人は日本の会社ではあまり歓迎されないという話を聞いたことがありますし、日本で暮らしていて社会的にそういう文化だと感じていました。。企業は表向きはそういう人が欲しいと言うし、必要だと頭では分かっていていますが、仕事の現場でエモーショナルになったときに、やはりそういうやつは面倒くさいと思っちゃう。そういう組織の中では、自分らしく生きづらいなと思っていました。

OPTという選択肢

 ーそこまで分かっていながらも、日本に帰る予定でいらっしゃるんですね。

そうですね。日本の就活では自分が満足できる内定を複数いただいています。けど、ここに絶対に行きたいという会社がなくて。どの会社もすごく魅力的なんだけどびびっとくるものがなくて、内定が出てからしばらくどうしようかすごく悩んでいました。

 ーどこか腹落ちしない感じですよね。

自信を持ってこうだと言えないと、前に進めないタイプなんです。私にとって腹落ちするってことは本当に大事。それで、正月に日本に帰国して先輩の話を聞きに行きました。コンサルで働いている人です。「どういう軸で内定の中から1社に絞りましたか?」とかいろいろ聞いて。

その中にUCバークレー卒の方がいるのですが、相談した時に「アメリカでOPTをやってみればいいじゃん」と言われたんですよ。そこで初めて、確かにOPTってあったなと。彼に言われたのが、良くも悪くも1年間だけだよということで、就職までの期間を考えればそれも良いかもしれないと思ったんです。

その時にリクルートでのインターンを思い出しました。リクルートでのインターンが本当にベンチャーと似たような環境だったんです。10人くらいのエンジニアとデザイナーの中に、私一人マーケティングが放り込まれるみたいな。私が想定していたのは、メンターがついてくれて、教えてもらいながらみたいな感じ。でも「見ての通り誰もマーケティングできないからユイちゃん呼んだんじゃん」と言われました。

私はマーケティングの授業を取ったこともないし、得意分野もないし。ただ自分の専攻の社会学の観点がマーケティングに役立つとは思っていたのでマーケティングインターンを希望しました。だから、そのアプローチで許されるならと自由に一生懸命やらせてもらいました。

圧倒的なスピード感でいろんな仕事をやらせてもらったインターンでの経験で、スタートアップの環境に魅力を感じていました。その環境は、内定をもらった会社の中にはない。あったとしても新卒では配属してもらえない。

 OPTであれば失敗してもその1年間だけで、その後は日本の会社に行けばいいし、別にそんなにリスクでもないよなと思って、そこでOPTを考え始めました。

 ーOPTに行く先はどうやって探したんですか?

日本のクライアント向けのコンサルタントを探している企業がバークレーの日本人会に連絡をくれて。最終年の春学期2月くらいから始めました。内定もあるし、最長でも1年間の期間限定だから気軽に始めることができました。

 ーOPTは制度上1年で終わりですが、その会社にいるのは1年きりと決めていたのですか?

開始時点ではそうです。私にはアメリカの方が合っていると思いながらも、日本で挑戦してみたいという思いもあります。働いてみたら案外合っているかもしれないし、やっぱりだめだと思うかもしれないけど、それは経験しないと分からないことなので。なので、日本で内定をいただいた企業で働くことは真剣に視野に入れています。

けど、現在OPT先で仕事をやってみて、新卒で入社間もないのにいろんな仕事をさせてもらえるこの環境がすごく好きだとも感じています。ビッグデータの解析ソフトを作っているSaaSの会社でコンサルタントをやっていますが、入社1週間目から大企業のクライアントとの会議に参加させてもらったり、リサーチ状況の報告をさせてもらったりしました。まだ入社2ヶ月も経っていませんが、上司のサポートを受けながら大企業の経営層に向けたプロジェクトのリードをさせてもらっています。大手コンサルに行ったら、この仕事をもらうまでの時間はどれだけかかるんだろうと思ったりもします。

私はすごくこの環境が好きですし、このままアメリカで働きつづける可能性についても考え始めているところです。

Quid 幸田さん

メッセージ

ーここからはメッセージになりますが、就活に関して学生にアドバイスをお願いできますか?

これは私自身が大学の先輩に言われたことですが、正解の道を選ぶんじゃなくて、自分が選んだ道を正解にすることってとても大事だと思います。私は、日本の入社先を選ぶ際、正解の道を選ぶことばかり意識していました。でも、どれだけ事前に考え抜き、自分や世間が「正解」と信じる道を選んだとしても、絶対に想定外のことは起きるし、別の選択肢の方が良かったのかななんて不安が頭によぎることもあると思います。選択後の自分の行動次第で、自分の道を正解にすることはできるってマインドセットを持てると、就活のストレスが軽減されるのかなと思います。 

ー大企業しか見ないことに関して、思うことはありますか?

もし周囲に流されて大企業しか見ていないのだとしたら、それはもったいないことだと思います。自分の人生の責任を持つのは自分しかいないので、できるだけ多くの選択肢を見て、自分で考え納得することは大切だと私は思います。

ーありがとうございました。

Quid 幸田さん

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